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由緒・歴史

御祭神

誉田別命(ほむたわけのみこと)
伊波久良和氣命(いわくらわけのみこと)


八幡宮と来宮神社とはもと別社、来宮神社の祭神が伊波久良和気命、延暦年中合祀した。
大昔、来宮の神様は、瓶にのってと神社付近の金剛津根に漂着したと言われる。この神を海岸近くの洞窟にお祀りしていた。
 来宮の神は大変な酒好きで、沖を通る船を止めてはお酒を献上させたため、船人達は困った。そこで、船の見えない岡の方に遷した。
そこも少し海が見えたので、再度遷したと伝わる。
なだらかな石段の大きな社。杉林の中に鎮座している。


例祭

9月第3日曜日、9月第3月曜日

由緒

八幡野鎮座、八幡宮来宮神社は、その創建を悠久の昔に発し、以来郷党衆庶の尊崇篤く、稲取村以北九ヶ村の総鎮守として、神威赫々今日に到った古社である。
当神社はその社名が示すように、元来は八幡宮と来宮の二神社であったが延暦年間本殿再建の折、合殿して現在の一殿両扉の形になったと伝えられる。八幡野という地名もまたこれに由来している。
八幡宮は誉田別命即ち応神天皇を祀る。神護景雲三年(769年)太宰の廟官阿曽麻呂が、一国一社と定めて正八幡宮を勧請したときの伊豆国の代表八幡宮である。
応神天皇は、大陸交渉に伴ひて大陸文化を我が国に輸入し、古代にあって日本文化興隆をはかられ、また御母、神功皇后が天皇の御幼少の時、常にお側におかれて行動なされたということからして、文化の神、母子神としての信仰がある。
来宮神社は、伊波久良別命を祀る。古来、来宮大明神と崇められた延喜式神名帳所載の古社であり、産業の振興、開運隆昌の信仰がある。
両社共、明治初年郷社に列格された。憶えば千三百年の遠き昔この小さな村にかくの如き立派な神域を造り、精神文化の基礎を築き、特殊な神事を絶ゆることなく継承し、郷土の繁栄に努力してきた先人の功績を讃え、改めて深き敬意を表したい。

全国神社祭祀祭礼総合調査 神社本庁 平成7年


八幡宮来宮神社

八幡宮来宮神社鎮座1200年 由緒記
此の地に鎮ります八幡宮来宮神社は、その創立を悠久の昔に発し、郷党衆庶の尊崇篤く、神威赫々として今日に至った古社である。
八幡宮は誉田別命(応神天皇)を祀る、神護景雲3年大宰の廟官阿曽麻呂が一国一社と定めて正八幡宮を勧請した際の伊豆国の代表八幡宮であって明治6年郷社に列列せられた。
来宮神社は伊波久良和気命を祀り、古来来宮大明神と崇められた延喜式神名帳所載の神社である。
もとは海岸の堂の窟に祀られていたが、後に八幡宮神域に奉遷され、明治9年郷社に列せられた。
元来両社は別殿であったが、延暦年間本殿再建の際に二殿両扉の現在の姿になったと言い伝えられていて当社は一殿にして二社である。
このたび当神社御鎮座1200年大祭を斉行するに当り記念事業の一として石造大鳥居一基を奉献し、いささかその由来を記して崇敬の誠をささげ、この地平安と住民の弥栄を祈願するものである。

社頭掲示板